まずは逃げ場のないところに本だけを持ち込む方法を試す

なんとしても本が好きな自分になりたいんだ!と強く思っている人は、荒療治でいきましょう!本を逃げ場のない場所に持っていきます。もちろん持参するものは本だけ。携帯など無くても死にません。誰かが死んだという情報は取りこぼすかもしれませんが、そんなことに恐れを抱いてはいけません。それも運です。全く問題ありません。それがたとえ親だろうと一緒です。

世の中には、本当に大切ではないことも、さも大切そうにすり込まれている情報がたくさんあります。たとえば”おかあさん“のイメージがその最たるものといえるでしょう。♪かーさんが夜なべをして手袋編んでくれた♪という歌がありますね。あの歌を習い、母の日に絵を描き、その流れで成人した自分は母の日にプレゼントをする。その流れで母どうしは、母の日に何をもらったか?何をしてもらったかで幸せ度合いを測る。

本当の無償の愛をくれる母親も中にはいるでしょう。しかし、大半は、かあさんはあなたのために手袋を編んだ、あなたのために母さんは夜なべもした、木枯らし吹いて寒かろうと思いやってあげた、そんな母さんを『決してないがしろにしないでくれ』ということです。ですから、親の死に目にあわなかったからといって、無償の愛情をくれていた親なら、「お前はお前の人生を歩め」と心底願っているはずです。

親の死に目に会えない場合、どのような不都合が考えられるでしょう?兄弟からの白い目。親戚からの「親子の縁が薄かったのか?」という考え。親が悲しんで死んだに違いないと思う罪悪感などではないでしょうか。これは親の死に目の話ですが、友人とのコミュニケーションも同じです。連絡はすぐ返さなければならない、問いには答えなければならない、同じことを好きでいなければならない、同じことが嫌いでなければならない…。

そんなことはありません。個性があって人です。みんなと一緒という事は、どこか無理をしているという事なのです。そう考えると、本だけを持ってどこか静かな所へ行くことは何も怖いことではありません。ちょっと小難しい感じがしましたか?では、最初の本だけを持っていく最適な場所をお教えします。お風呂です。入浴の時に本を持って入ります。お風呂では体や頭を洗う以外に本を読むことしかすることがありません。

そういう状況に自分を追い込んで本に近づくのは、荒療治ですが、ぴったりマッチすれば最短距離で本好きの自分が手に入るでしょう。半身浴も同時にできます。目の悪い人は、お風呂用の眼鏡も低価格で売っています。本が水分でふやけることなど、本が好きになる過程の良い思い出になるものです。本が日常化すれば、音楽のように、その本を読んでいた時の思い出がよみがえることも多く、これを読んでいたころの自分はこうだったなあ…。などと、懐かしく思い返すようになります。

お風呂で読書の二番目の利点は、長湯の恩恵です。身体の角質が自然に取れていくので、体は色白になります。ごしごしこすらなくてもお湯が自然と古い角質を取り除いてくれるんです。女性には特に嬉しいことですよね。これは男性にも言えることで、古い角質をとるということは、臭いが減るため、体臭がぐっと減るでしょう。お風呂での読書は良いことばかりです。つい眠ってしまってお風呂に本が落ちても、乾かしてまた読めますからね。