一冊あるだけで、どんな隙間の時間も素敵に本でつぶせます

スマホのゲームは短時間でもゲーム完結までの時間があります。もちろん途中でやめることも可能ですが、小さな達成感も途中で投げ出さなければならないですよね。しかも、相手がいるときなら、「ちょっと待って」ということにもなります。そこが本なら、文字一文字でも読み終わることは簡単で、再度同じ場所から読み直しがききます。一行読んでも読破につながる一行というわけです。バス停での待ち時間もスマホを触ると多数の一人に埋もれますが本を読むと一目置かれる人となります。

あなたは自分が多数派の中に居たいですか?それならスマホで時間潰しが無難です。人とは違う存在になりたい人は寸暇を惜しんで「本」です。本を読む自分ではなく、本を読む人がどんなふうに見えるのかで説明しましょう。本を読んでいるあなたの姿を見た人は、本好きの人なら「あの人も本が好きなんだ」「何読んでるのかな」と思うでしょう。本好きな人に憧れる人が見れば、「あの人本が読めるんだ」と思われるはずです。

本を読んでいる人を見て「ダサッ」と思う人はいるかもしれませんが、そのような人は相手にしなくてもいいですよね。人は全員から好かれることなど無理です。むしろ、あの人好きだとなかなか言われないくらい個性的な人の方が魅力的な場合が多いのです。たとえば、実践できてなくても耳触りのいい言葉を並べるから人気がある国会議員がいます。しかし、武骨でも実践が伴っていた人に気がつくととても魅力的に見え、揺るぎない人気と信頼が獲得できますよね。

本というのは、一冊あるだけでどんな時間も、どんな隙間も埋めてくれる最強ツールです。ゲームとの大きな違いは、ゲームは受け身です。ですから発達障害の人などは、受け身のゲームにはまり込んでいきがちです。簡単に思うように動いてくれることや、自分でできないことをやってくれるからです。ゲームが悪いという話ではありませんが、人間の頭を受け身にしてしまう事を考えると、決して『良い』とは言い切れません。

それに引き換え読書は、完全に能動です。自分から文字をつかみに行かないと読めません。しかも、電子機器に慣れた現代人が紙の色の上にある文字をつかみに行くのです。これからは読書をする人がより貴重な存在になるでしょう。文字をつかみに行くという事は能動です。読み手が読む気にならないと文章が頭に入らないのです。先ほどでてきた発達障害の人たちは、凡人にはない素晴らしい才能を持っています。

才能を開花させると、普通の人の数倍、数十倍と稼ぐ逸材になるのです。そのような才能をゲームによって埋もれさせるのはもったいないですよね。それが本なら、想像力が培われ、能動的思考が常となり、才能開花へ十分なエネルギーを蓄えることとなるのです。このように、少し個性が強い人で本の良さを見てみるとわかりやすいのではないでしょうか。凡人にも同じ効果があります。

えいっと頑張れば本が読める程度の苦手感なら、えいっと頑張って、自分の才能を開花させてください。時代の流れがはやく、どんどん新しいものにあふれたとしても、本や読書だけは決して変わることのない人間だけの文化です。どんなことも基本を忠実にしていれば強いように、人にとっての基本は愛情と読書といってもいいのではないでしょうか、一日のほんの数分、どこかの隙間に本の一節をねじ込むことはできませんか?