間違いないのは「文学小説」をやっつけると、あとは楽勝ですよ

文学小説は、本が苦手な人にとってかなりハードルの高いものです。しかし、文学小説が読めるようになると、どんな本もかかってこい!の状態になります。簡単に読めるようになるという事です。どうして文学小説は敷居が高いと思いますか?それは、非日常ではないからです。日常の淡々とした出来事の中に、さまざまなことが起こったり起こらなかったり、しかし、心の動きは十二分に描かれています。

文学小説の読み方は、作者に寄り添うように、淡々と字ずらを追います。決して劇的なことを期待してはいけません。劇的なことではなくても何かを期待する事は禁物です。ただただ静かに文字を追うだけです。そう心に決めて読むと、どんな本より奥が深く、読みやすく、心が静かに満たされていくのです。この読み方をしていれば、物語の中に入り込みやすいのも文学小説の特徴です。

文学小説とは、学校で習ったタイトルと作者を結び付けるようなテストがありましたね。素晴らしいから教科書に載るんです。まず手始めに何を読めばいいの?とチャレンジする気持ちになった人は、中学や高校で国語の教科書に載っていた作者を思い出し、その中から選ぶと、それが文学小説です。思わぬいろんな発見があって、その魅力に引き込まれることでしょう。中には、どうしてこんなくだらない話が教科書に載るほど有名なんだろう?というものもあります。

疑問が残ったまま読み終わると、誰かに聞きたくなります。そうなると本好きとの会話が広がり、もう同じテレビを見ていなくても、同じ音楽が好きでなくても、同じ意見じゃなくても、ぐんと近しい存在になれます。さらに、その本に関するテレビやドラマをやっていると、必ず見たくなります。

その小説の他人の見方が知りたくなるのです。また、本の中での丁寧で細かな描写が、テレビではどのように表現されるのか?映画ではどうか?など奥行きが広いのも特徴です。ただ、読んでいる人が少ないのが難点です。よほど学校での授業が嫌だったのか、ベストセラーを読む人は多くても、文学小説を読む人は少ないように思えます。刺激的な現代社会ですから、淡々とした文章にイライラするのかもしれません。

それは、やはり何かを期待しているからです。本だけではありません。現代人は、何か刺激を期待している所があります。だからマスコミがどうでもいいようなことがさも大変そうに取り上げるのです。社会の一員の私たちも、マスコミの動向を見て、物事の良し悪しを判断するところがあります。事件が起こったら、その事柄について考えず、この事はどうとらえたらいいのか?とコメンテーターの意見を待ったり、最終的にどっち方向でその番組が終わるかで判断をすることになるのです。

文学小説は、読み手にさまざまな想像を掻き立てさせ、自分と向き合うような思考に入ることも多々です。生きている人間の日常を描いているというのが最も最適な言葉かと思います。人間にはいろんな人生があります。決して平たんな人生で終わる人はいないでしょう。そういう一人の人生を追うような内容ですから、ハマれば面白く、期待をしない文学小説の読み方ができれば、他の本など軽く読めるようになるということです。