なぜ、本が読めないのでしょうか?心理的にみていきましょう

本が苦手な人の中には、「今」を生きるのが苦手という人がいます。たとえば、旅行に行く計画を立ててる時は早く行きたいと考え、旅行中は帰ることばかりを考えるという人です。そのような人は、どんな所で何をしたかがあまり記憶に残っていないという場合も多いのではないでしょうか。今を生きていない人は、その瞬間を消化するように生きます。今は次のことを考え、次が来たらその次のことを考えるという、日々の出来事を消化していくタイプです。

この消化するタイプの人は、自分のことがあまり分かっていません。何が好きで何が嫌いで、何が楽しくて何が楽しくないのか、人に依存しているため、人の意見が自分の意見になったり、周りの多数意見が自分の意見になったりと、自分の人生なのに自分が主導権を握っていないのです。このような人に限って、本と自分という一対一の関係が苦手です。今本を読んでいても、次のことが気になったり、次にやらなければならないことをしたくなり、本には集中できません。

それが本嫌いや本が苦手という表現になる場合もあるようです。さらに、幼少のころ、寝る前にお母さんに本を読んでもらった記憶がない場合も、本の楽しさを教えてもらっていないのですから、本好きになるはずがありませんね。読み聞かせをしてもらっていたという人でも本が嫌いな人は、本を読んでくれていた人もやっつけ仕事のように本を読んでいた可能性があります。読み聞かせを消化する。というパーターンの人です。

子どもが安心して物語の中に入っていけ、その想像力を存分に発揮できる読み聞かせは、早く寝ろ~、早く寝ろ~と願いながらの読み聞かせではなかなか叶いません。やはり本を読んで聞かせることを消化しているのです。さらに小学校に入り、読書感想文で苦しめられる子どもたちは本から心が離れていきます。中学校や高校になって、国語の教材に面白い本の文章が引用されていて、興味が出ても、その本を購入したり借りたりする時間がもはや残っていないという現実。

その時は部活やゲームに時間を目一杯取られ、少しくらい面白いと思っても、本を手に取るまでの豊かな時間が無いといった事態に陥っています。だからといって、中高生の生活には本がなくても何ら支障がないため、本からどんどん遠ざかり、受験では読書や読解力などが求められて、ますます嫌いになるというパターンも大いにあることですね。

このように、本から遠ざかる理由はたくさんあるのです。育ってきた環境とその時を生きられない自分。本は自分に向き合うこととよく似ています。自分に向き合える人が今の社会にたくさんいれば、いじめや自殺がこんなに増えることは無かったでしょう。主導権が無い人生を歩むこともなかったでしょう。文学小説などは、社会の様々なことを背負っていては決して読めません。

たくさんの荷物をおろして、何かをあきらめられたり、捨てられたりした人がやっと読めるものです。それは、文学小説とは、ある意味日常を描いたものだからです。淡々とすすむ生活の中に訪れる様々なことを描いているため、刺激を求めて生きる現代人には物足りなさと退屈さを感じさせるのです。しかし、文学小説には自分と向き合う貴重な題材がたくさんちりばめられています。

人は、無償の愛情をもらえてない場合、心に大きな穴があき、そこに愛に変わる物を詰め込んで、穴を埋めようとします。大きな穴を埋めるには”刺激“が手っ取り早いので、やさぐれた人ならケンカや乱暴な方向へ刺激を求めます。スリルという刺激を求める人も少なくありません。本が苦手なあなたの理由はどこにありますか?